古い建物は古い友だち。尾道の料亭旅館魚信のお献立。(尾道の黄金時代(上))

6000円
サービス料15%込み・消費税5%込み

■先付 抹茶豆腐・紅葉卸し・美味出し
■刺身 タイ重ね造り・カンパチ・山葵・芽立
■煮物 ホゴ煮付け・里芋・竹の子・絹さや
■焼物 サケ黄金焼・山桃・はじかみ
■油物 シタビラメアスパラ巻き・茄子・青唐
■酢物 カツオたたき・玉葱・三杯酢
■蒸物 花一輪(あやめ)・銀あん・山葵
■吸物 エビ真上・三ツ葉・湯葉・木ノ芽
■御飯 イクラ御飯
■果物 クインシー


ご予約はこちらから

魚信のホームページはこちらから

千光寺山荘のホームページはこちらから

「尾道の黄金時代」(上)

財間八郎先生が平成4年に講演された抜粋を「夕映え」より
加筆しました。

第一期黄金時代

823年前(1169年)に甲山に大田の庄(後白河院の館)が
置かれ、これへ荷物を揚げるために尾道港が開港し、以後集荷・
発送などで栄え発展した。
尾道港は北は山、南は向島という自然に守られた立地で申し分の
ない港として、平安、鎌倉、室町時代と栄え全盛を誇った。

673年前(1319年)に、福山の草戸の住人が尾道の倉に盗み
に入り、ごっそり盗んだ揚句火を放った。この火災により千余軒
の倉が焼失した。千余軒が全ての倉庫ではなく残った倉庫もある
ので倉庫の数、貯蔵してあった品物の量は莫大なものだったと
想像することができる。このような状態なので商人や運送業者も
多く凄い繁盛ぶりであった。

1300年前(692年)、浄土寺を法阿彌陀佛と言う人が大修理
をした。その19年後火災に会い建てかえている。また、浄土寺
は足利尊氏が九州に下るとき、湊川合戦に上るときにも立ち寄り
必勝祈願をしたことで有名である。立ち寄ったときに多くの宝物
を寄進している。

天寧寺は足利尊氏将軍から二代のちの将軍が建立している。当時
多くの寺を建立しているがほとんどの寺は尾道の人が建てている。
250年前の旧尾道市内には81ヶ寺があった。それほど多くの
寺を建立できることは莫大な財源を要したはずである。それだけ
尾道が栄えていたことになり、尾道に大金持ちが多かった証拠で
ある。いまは25ヶ寺に減っている。

山名氏は備後の守護で、尾道を拠点にして中国との大陸貿易を
している。尾道には刀鍛治も多く、日本刀は中国で人気があり、
2,3万本輸出していたと言う。
この山名氏は西国寺へ莫大な寄付をしており、現在も山名氏の
寄付張が残っている。今のお金にして毎年4000万円を40年間
寄付している。(合計すると16億円になる)

当時、其阿彌(ゴアミ)と言う名鍛冶屋がおり、艮(ウシトラ)
神社の近くに記念碑がある。

何年か前に木の庄で道づくりをしていて、地中から古銭がざくざく
出てきた。はっきりした物だけで6700枚あり、1300年前
(692年)から650年前(1342年)の中国のお金であった。
今は尾道市立美術館に保存してある。貿易で稼いだお金を隠して
おいたものと思われる。(つづく)


 
Comment(0)TrackBack(0)
TrackBackURL
ボットからトラックバックURLを保護しています