浄土寺
浄土寺の由緒(4)

浄土寺に関して、江戸期以後現代に至るまでの大きなでき事は、正保年中の利生塔の消失、昭和12年の奥の院満福寺の再興(昭和49年6月12日全焼)、昭和13年の多宝塔の修築、昭和34年の防災施設の完備、昭和37年の収蔵庫の竣工、昭和43年から6ヶ年の昭和大修理、宝物館建設、防災施設、昭和50年の研修道場の新築などを挙げることができます。大戦後、人心大いに更ったとはいえ、本尊十一面観世音菩薩の霊験は今も尚あらたかに、中国観音霊場第9番札所として信者の信仰変わりなく、加うるに、山陽道に於ける文化財の宝庫として斯界の注目を浴び、浄土寺観音奉賛会も結成されて、寺運益々隆昌の一路をたどって居りますことは、偏に本尊菩薩の功徳と十方信者外護の賜と篤く奉謝致して居ります。       
合掌

(浄土寺案内より)

(写真撮影は四国新聞社オアシス編集室白井 仁美さん)


 
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